Ｄｒａｇ　Ｌｉｎｅｓ

　　　　時期遅れに，葉上で交尾するネコハエトリ 　　 池田博明

　神奈川県大和市公所で，1992年5月11日10時（晴），浜口哲一氏がクワの葉上で交尾しているネコハエトリを発見した．雄は左触肢を使い，血のうがリズミカルに膨張していた．10分ほどで二頭は離れ，一瞬雄は前脚を挙げて威嚇の姿勢を取った．ネコハエトリファンの私も喜んで観察したり，写真撮影したりしたが，よく考えてみると，葉上で交尾するというこの事実は大変ぐあいが悪い．私はある偏見をもってネコハエトリを見ている．このハエトリの雌は雄にガードされていて，成体になるとすぐに交尾をすませてしまうはずだという偏見である．そのことを検証するプログラムも持っている．それなのに雌の住居のないところで交尾してくれては困るのである．
　しかし，待てよと思い直した．いまはもうネコハエトリの配偶行動には遅すぎる時期である．だとすると，この雌はきっと処女ではない，何度目かの交尾なのだ．雌は多回交尾すると斉藤慎一郎氏も書いている．とりあえずそう思うことにした．それとも雄が少なくなっていて，遅く出現する雌を交尾前ガードすることができないのだろうか．検証はまだまだこれからであるが．

　　　 雌の真上を駆けぬけた雄のキハダエビグモ 池田博明

　神奈川県大和市泉の森で，1992年5月11日11時20分（晴），スギの樹皮上にキハダエビグモの雌がいた．よく見ると，その雌から8cm離れたところに成体の雄もいた．ひょっとして求婚が見られるかと思って，私は待つことにした．しかし，両者はまったく動かず，なにも起こらない．そこで私は雄をつっついて雌の方を向かせることにした．首尾よく，雄は雌に向かって駆け出した．ところがなんと，雄は雌の背中の上を駆けていったのである．その間，雌はまったく動かなかった．雄は雌にまったく気がつかなかったようであった．みごとな擬態に感心しつつ，雌を採集すると，成体であった．採集する前は雌の腹部はやや白っぽかったが，採集後は黒化した．このクモの瞬間的体色変化については既に報告したが（池田,1990），変化前と変化後の写真を撮影するのに失敗していて，いまだに撮れていない．今回もちょっとしたミスで撮れなかった．残念である．

　　　 樹皮下で越冬するアオオビハエトリ 池田博明

　神奈川県大和市つきみ野で，1992年9月28日16時（晴），クリの切り株の樹皮下でアオオビハエトリが住居を作っていた．それが１匹２匹ではない．切り株はあちらこちらにあったが，樹皮をはがすと，必ずその下に数個のアオオビハエトリの白い住居があった．

　　　　 ジューン・ブライド　　　　　　　池田博明

　1996年6月8日（土），神奈川県川崎市黒川の川筋でハエトリグモの雌雄同居や求愛を多く観察した．ある種のハエトリグモにとって６月上旬は結婚の季節である．アリグモの多くの雄と雌の住居巣上でガードする雄，イナズマハエトリの雌雄，鉄柵上で雌に求愛していたオスクロハエトリの雄，ヨダンハエトリの雄．

　　　　　クサグモ雄の脱皮室 　 　　 池田博明

　1994年7月10日，埼玉県飯能市西吾野の採集観察会で，キレハブドウの葉上に作られたクサグモ雄の脱皮室を見た．全体の形はカチドキナミハグモの住居巣を大きくしたようなものだった．なかには雄の亜成体がいて，不活発だった．この巣は通常の網とは離れた別の位置に作られていた．クサグモは網内のリトリートで脱皮するものと思い込んでいた私に，このような網と別のところに作られた脱皮室は驚きだった．

　　　　　ミスジハエトリの求愛行動　　　　　　　池田博明

　1994年7月16日，川崎市多摩区登戸駅付近の多摩川沿いの簡易食堂・大黒屋の壁面でミスジハエトリが求愛していた．午後の3時頃だった．雄は雌の正面に回り，第１脚と第２脚を壁面にそわせて前方にまっすぐ伸ばしていた．雄は脚を前方に伸ばしたまま左右に動き，触肢を上下に盛んに動かす．雌雄の距離は5cm程度であった．ハエトリグモの雄は求愛に際して，前方の脚を上げることが多いが，ミスジハエトリでは前脚を上げることはなかった．そのことが大変興味深い．
　求愛されていた雌は第１脚を開いて少し上げていた．このような姿勢は威嚇姿勢と同じなので，雌は雄の求愛を拒否していたものと考えられる．雌は雄に後ろを見せて逃走することが多く，15分間程度，観察してみたが，雄の求愛に雌はまったく応えなかった．

　　　　　　ナガコガネグモの成熟期　　　　　　池田博明

　1994年7月16日，川崎市多摩区登戸駅付近の多摩川河原でナガコガネグモの雌の成体をたくさん観察した．さらに川崎市青少年科学館の木下あけみさん（現・川崎市民家園勤務）のスイーピングに雄の成体が入った．幼体も多数生息していた．ナガコガネグモの成熟期は，例年お盆の頃と思っていた私は仰天した．そこで，雄が同居している雌の網を探してみたが，それは見当たらなかった．1994年は梅雨明けが7月13日と早かったが，1993年は8月に入っても梅雨明けせず，とうとう梅雨明け宣言が出なかった年であった．このような気象条件が影響しているのだろうか．それともこの程度の繁殖期の変異は以前からあったのに，注意していなかっただけのことだろうか．